2009年11月 2日
国民の父と呼ばれる人
その生涯から読み取られる英雄らしさや道徳的権威としてのありかたによって、こうした人物は国家や国民が国史を記述する際のキーパーソンにされ、愛国心の源に、また尊敬や崇拝の対象にされる。国父の肖像は国家の象徴となり、紙幣や切手、記念碑、あるいは地名や空港名、大学名などに使われる。いくつかの権威的な国家では、国父に対するカルト的な個人崇拝が確立されることもある。
古代ローマの元老院は、もっとも尊敬すべき市民に対し祖国の父(pater patriae)の称号を授与していた。キケロは執政官として国家転覆の陰謀を未然に防いだことからこの称号を得たほか、有名なところでは歴代ローマ皇帝たちは長年皇帝として活躍した場合など、元老院からこの称号を贈られていた。皇帝の肖像の入った硬貨にしばしば「PP」と書かれているのはこの「pater patriae」の略である。
一旦「国父」とされた人物のすべてが永久に名声を維持するわけではなく、歴史の見直しなどによってその地位が揺らぐことがある。たとえば、ヨシフ・スターリンは、ソビエト連邦の指導者の地位にあった時代、数千万のソビエト人民の父として称えるプロパガンダがなされていた。彼が死んだ後、指導者スターリンのいない生活など考えられないし耐えられないと考えた国民が多かっただろうことは、後追い自殺が続発したことからも伺える。やがて彼が行った政治的抑圧が明るみに出て、後継者ニキータ・フルシチョフによる非難が行われ、ウラジーミル・レーニンと枕を並べて安置されていたスターリンの遺体はレーニン廟から撤去されるに至った。
他の例では、アイルランド独立運動の指導者でアイルランド共和国大統領を長年勤めたエイモン・デ・ヴァレラが挙げられる。多くのアイルランド人は彼を国父と見ていたが、1980年代以降の歴史の再評価で、他の独立指導者(マイケル・コリンズなど)にスポットが当てられるに従い、デ・ヴァレラの評価は下がっている。
マハトマ・ガンディーはインドの国父として、孫文は中華民国の国父(國父)として、国家から公式に称されている。トルコの近代化の父ケマル・パシャは、トルコ大国民議会から「父なるトルコ人」という意味のアタテュルクという姓を贈られた。
2003年にハーミド・カルザイ大統領が起草したアフガニスタン憲法草案では、廃位されたかつての王であるザーヒル・シャーに「ババ=エ=ミラート(国父)」の称号が贈られた。この異例の措置は、王政復活を切望するアフガン人に対する配慮であると解釈されている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
独立期や発展期に活躍した象徴的な人物がこれにあたるようです。
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